痴レ者につき。

井の中の蛙が、井の中から空を見上げたり、井の中に落ちてきた枯れ葉を眺めては、「これは何だらう」と愚考する系チラシの裏。

「行って帰る」物語と「ヒーローズ・ジャーニー」――アイドルマスターシンデレラガールズ第一話

お久しぶりでございます、実はまだ生きていました。生きているのに一年以上ブロマガを放置していた日谷さんです。動画投稿に至っては二年以上も放置されていますね。飽き性にも程がある。
で、何故その三日坊主がまたブロマガを投稿しているかと言いますと、先週から放送が始まりましたアニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』が予想よりも面白く、心を動かされてしまい、この気持を言葉にしようと筆を執ったわけなのです。
いや、ホントに面白かったです。プロデューサー業を引退した癖に、やっぱりアイマスは好きなんだなあと何度目かの再認識をいたしました。

というわけで、今回はアニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』第一話の感想記事となります。当然、ネタバレ注意でございます。ニコニコ動画内で視聴できますので、気になされる方はそちらを先に観ていただくのがよろしいかと。






 



さて。

個人的にアニメ『シンデレラガールズ』が面白かった理由は、二点にまとめることができます。
一点は「プロデューサーのキャラクター(あるいはキャラ)が立っている」。もう一点には「行って帰る物語を想起させる構造」だった点が挙げられます。
前者は、わざわざ自分が語るまでもない気がしますね。現状の「武内P」を消費しようとする動きからは、彼がそれに耐えうるだけのテクストからの遊離可能性メタ物語性を見せてくれたことが伺えます。

というわけで後者に触れましょう。要するに、物語構造が興味深かったということです。

指輪物語』の訳者・瀬田貞二は、「行って帰る」という枠組みが物語の基本的なパターンであると指摘しました。また、大塚英志はこの指摘を引用し、「物語とは、世界と世界に一本の線を引き、その一方から他方に越境し、再び戻ることでそこに出現するもののことをいう、とさえ言える」と述べています。
(参考:『ストーリーメーカー 創作のための物語論』)

アニメ『アイドルマスターシンデレラガールズ』は、この「行って帰る」物語を想起させた点に魅力があります。「これから物語が始まるぞ!」という期待感を提示してきたわけですね。



もう少し掘り下げましょう。「行って帰る」物語とは、「日常から非日常の世界へ越境し、再び日常へ帰ってくる」」物語であると言い換えることができます。
シンデレラガールズ』において、主人公である(と思われる)島村卯月にとっての非日常とは、アイドル活動です。『シンデレラガールズ』では、アイドルではなかった女の子がアイドルになるという変化を描くことで、物語をつくったわけですね。
その物語も、フォーマットに忠実につくられているんじゃないかと思われる節があります。そのフォーマットとは、「ヒーローズ・ジャーニー」と呼ばれるフォーマットです。説明するとややこしいので、知らない方はググってください。私が説明するよりもよっぽど分かりやすく解説されているサイトがいくつも見つかると思います。


シンデレラガールズ』第一話では、レッスンに明け暮れる卯月や、家業を手伝ったり学生生活を過ごすしぶりんの姿が描写されます。これは当然「日常の世界」に該当します。他のアイドルの活動が垣間見えるのも、「日常の世界」を補完していると考えられます。

続く「冒険への誘い」「武内Pの出会い」……と言いたいのですが、そう言い切れない部分もあります。そもそも卯月がアイドルに憧れ、アイドルになろうとレッスンしている時点で、冒険(アイドル活動)に誘われていると見ることもできるからです。しかしどちらにせよ、「冒険への誘い」という要素を満たしていることは分かります。

次は「冒険への拒絶」です。「誘い」を「武内Pとの出会い」と仮定した場合は、卯月だと「メンバーが揃わない」辺りでしょう。しぶりんだと、そのまんま武内Pを拒絶していますね。「誘い」を「卯月のレッスン」に仮定すると、「デビューできずに、同期が次々辞めていく」辺りを該当させることができます。

続いては「賢者との出会い」。「誘い」が「武内Pとの出会い」だった場合、この「賢者」とは「卯月としぶりん」に該当します。互いが互いにとっての賢者だったというわけですね。そうでないなら、武内Pが賢者でしょう。武内Pに出会うことで、ようやく非日常、すなわちアイドルへの第一歩を踏み出せるようになったという捉え方です。

そして最後に、ちゃんみおを登場させることで「第一関門突破」を垣間見せ、第一話は終了します。見事にフォーマットに適応していますね。




――というか書き進めることで初めて気づいたんですけど、これ、「ニュージェネ」って枠で捉えずに、「島村卯月」「渋谷凛」「本田未央」個々人で捉えると、個々人がそれぞれ「ヒーローズ・ジャーニー」のフォーマットに沿っているんですね。
武内Pから冒険に誘われ、メンバーと出会うことで第一関門を突破する。そう考えると、ラストのちゃんみおも、彼女にとっての「冒険への誘い」と捉えることができますね。

てっきり卯月が主人公だと思っていましたが、しぶりん視点や、第二話次第とはいえちゃんみお視点で見ても、構造通りの物語展開がなされているんですね。これは面白い。

もしかすると、武内P視点で見ても成立していたりするんでしょうか? この、「ヒーローズ・ジャーニー」のフォーマットは。

何にせよ、構造がしっかりしているということは、それだけで安心感があります。安心感があるということは、不安がらずに作品を楽しむことにつながります。楽しんだら大抵のものは面白いですよ。楽しんだもん勝ち、面白がったもん勝ちです。



元々魅力的なキャラクターは複数人いたのです。その上で、物語においても安心できる期待感を提示した『シンデレラガールズ』は、そりゃあ続きを見たくなるよねと、そういうお話でございました。――以上。





余談ですが、「行って帰る」物語とは、「行って戻る」物語ではありません。
非日常を経験したことによって、主人公たちの日常には変化が加わるのです。第一話で既に、卯月としぶりんと武内Pが知り合いになれたようにです。

アイドルという非日常を経た彼女たちの日常が、最終的にどのように変化するのか。今から楽しみで仕方ありませんね。